約束のネバーランド|イザベラがママになった理由と最後の決断を考察

約束のネバーランド|イザベラがママになった理由と最後の決断を考察

2016年から『週刊少年ジャンプ』で連載が始まり、全20巻で完結した『約束のネバーランド』。白井カイウ先生・出水ぽすか先生による本作は、鬼の支配から子どもたちが脱獄を目指す物語として、多くの読者を魅了しました。

なかでもグレイス=フィールドハウスのママ・イザベラは、物語を通して最も印象的な存在の一人です。子どもたちを追い詰める冷徹な管理者として登場する一方、終盤では命を懸けてエマたちを守る行動を選びました。

一見すると矛盾しているように見えるイザベラの行動ですが、原作を時系列で振り返ると、一つの流れとして理解できます。本記事では、イザベラがエマたちを追い詰めた理由や、最後に子どもたちの味方となった真意について、原作コミックスの描写をもとに整理します。

Contents

イザベラが脱獄阻止のために下した二つの判断

イザベラは、子どもたちの脱獄計画に気付きながらも、すぐに鬼へ引き渡すような行動は取りませんでした。状況に応じて監視体制を強化し、計画の阻止を図りました。

その代表例が、シスター・クローネをグレイス=フィールドハウスへ呼び寄せた判断です。一見すると自らの立場を危うくする選択ですが、原作の流れを時系列で追うと、イザベラが守ろうとしていたものが見えてきます。

イザベラの判断|クローネを招いた本当の理由

イザベラは、子どもたちの脱獄計画を止めるため、シスター・クローネをグレイス=フィールドハウスへ呼び寄せました。監視役を増やせば脱獄を防ぎやすくなりますが、一方で自らの立場が危うくなる危険も伴います。

クローネはイザベラに従うためではなく、ママの座を奪う機会をうかがっていました。イザベラが失敗すれば、その地位を引き継ぐ可能性があったためです。

それでもクローネを受け入れたのは、自らの立場を危険にさらしてでも、子どもたちの脱獄を阻止する必要があったからです。彼女が守ろうとしていたのは、グレイス=フィールドハウスの管理者としての役割であり、その立場を失わず生き延びることでもありました。

イザベラの判断|エマの脚を折ってでも止めたかったもの

イザベラがエマの脚を折ったのは、脱獄計画を止めるためでした。エマは仲間たちをまとめる中心的な存在であり、自由に動けなくなれば計画全体にも大きな影響が及びます。そのため、イザベラは最も効果的な方法として、この厳しい判断を下しました。

一方で、イザベラはエマを鬼へ引き渡そうとはしていません。脚を折ることで行動を制限し、農園で管理を続けながら計画そのものを断念させようとしていました。

イザベラが脚を折ったのは、エマを傷つけること自体が目的ではありません。ママとしての役割を果たしながら、脱獄を阻止することこそが、この判断の真意だったと考えられます。

イザベラと子どもたちが繰り広げた二つの心理戦

脱獄計画が終盤へ進むにつれ、イザベラと子どもたちの駆け引きはさらに激しくなっていきます。イザベラはエマたちの動きを把握しているかのように先回りする一方、子どもたちも発信機の存在を見抜き、限られた情報を頼りに脱出への突破口を探し続けました。

こうした攻防は、力で相手を制する対決ではありません。互いの知識や経験、相手の思考を読み合いながら一手先を争う、二つの心理戦として描かれています。

イザベラは発信機の無効化を黙認したのか

イザベラ自身も幼少期にハウスからの脱出を試み、失敗した過去を持っています。そのため、子どもたちが管理体制の突破を模索すること自体は予測していた可能性があります。一方で、脱獄の手口まで把握していたと断定できる描写はなく、子どもたちとの攻防は互いの思考を読み合う緊迫した心理戦として描かれています。

ハウスでは、子どもたちの耳に居場所を把握するための発信機が埋め込まれ、イザベラもその監視体制を利用して子どもたちを管理していました。ノーマンたちは情報を集める中で発信機を無効化する方法を見つけ出しますが、イザベラがその動きを事前に把握していたことを示す描写は原作にはありません。

そのため、イザベラが発信機の無効化を黙認していたと言い切ることはできませんが、子どもたちが監視体制を突破しようとすることは想定し、その動きを先回りしていた可能性は考えられます。

崖の外という発想はどこから生まれたのか

ハウスを囲む高い壁と崖は、脱出を阻む最大の障害でした。橋が唯一の安全な通路と考えられていましたが、エマたちは周囲の地形を調べる中で、崖は障害ではなく脱出経路として捉えたことが、最終的な脱出方法につながりました。

イザベラが外の地形に関する情報を子どもたちへ意図的に与えていたと断定できる根拠はありません。一方で、子どもたちは限られた情報をつなぎ合わせながら脱出への道筋を見つけ出しており、その過程はイザベラとの緊迫した心理戦を象徴する場面となっています。

イザベラが最後に選んだ生き方を考察

イザベラはグレイス=フィールドハウスで育ち、自らも脱出を試みた末にママとなった過去を持っています。そのため、エマたちを追う立場でありながら、彼女自身もかつては同じ境遇の子どもでした。

この経歴を踏まえると、イザベラが守ろうとしていたのは管理体制だけではなく、自らが生き延びるために選んできた生き方そのものだったのではないでしょうか。
エマたちとの対立は、管理者と脱獄者の戦いであると同時に、かつて脱出を諦めた自分と、諦めずに未来を切り開こうとする子どもたちの姿に揺れ動くイザベラ自身との葛藤でもありました。

レスリーとの思い出が呼び覚ました本心

物語終盤でイザベラが口ずさむ旋律は、幼少期に親しかったレスリーが作曲した曲です。

管理者として生きてきたイザベラの心に、幼い頃の思い出や失われていなかった感情が残っていたことを示しています。レスリーとの思い出は、管理者として封じ込めてきた感情を思い起こさせる存在でした。

エマたちが最後まで諦めずに未来を切り開いた姿は、イザベラが胸の奥にしまい込んできた過去を呼び起こしたのかもしれません。

エマたちが変えたイザベラの決断

エマたちがハウスを脱出した後、イザベラが意図的に追撃を止めた、あるいは鬼へ追跡を命じなかったと断定できる描写はありませんが、その後もママとして生きる道を選び続けます。

しかし、最後まで諦めなかったエマたちの姿は、かつて自分が捨てた希望をイザベラの心に残し続けたのではないでしょうか。そして最終章では、子どもたちを守るために自ら命を懸け、鬼の世界で生きるために選んできた生き方に終止符を打ちます。

その最期は、一人の母として子どもたちを守る決断であると同時に、人間と鬼の間で長く続いてきた「約束」の終わりを受け入れた瞬間だったとも考えられます。

イザベラの葛藤が「結末」につながった理由

イザベラは鬼の世界で生きるため、ママとしての役割を受け入れてきました。しかし、最後まで諦めなかったエマたちの姿は、かつて自分が捨てた希望を少しずつ呼び覚ましていったのではないでしょうか。

最終章で見せた決断は、その心の変化が形になった瞬間だったとも考えられます。イザベラという人物を振り返ると、敵として立ちはだかるだけではなく、自らの過去や生き方に葛藤し続けた存在だったことが見えてきます。

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